NEWS LETTER No.3

「兵庫県医師会 摂食嚥下障害研修会報告」
(第9回 明石市在宅医療研究会)

9月23日(土曜日)は連休の初日(秋分の日)でもあったのですが、会場である兵庫県医師会館には400名もの医療関係者が集まりました(事前登録の際には、収容人数の関係で数十名の方をお断りし、ご迷惑をおかけしました)。
さて本研修会は「第9回 明石市在宅医療研究会」として予定し、通常通り明石市内を中心に研究会としてのご案内をしたところ予想以上に反響が大きく、兵庫県医師会にご相談したところ、理事会などを経て、県医師会との共催を条件に当日の会場使用が許可されました。また本研修会は、昨年度で終了となった「兵庫県摂食嚥下障害対策協議会」における最後の啓発講演会としての意義もありました(なお「同協議会」は「兵庫県プライマリ・ケア協議会」内の「地域ケア研究会 研究班」の中に位置づけられ、形は変わりましたが現在もなお存続しています)。以上の経緯から、今回の研修会は、明石市医師会・明石市歯科医師会・兵庫県医師会・兵庫県プライマリ・ケア協議会の4団体による主催となりました。
講演時間は午後1時から6時まで(実際には山部先生の講演にも熱が入り、終了時刻は6時半近くに及びました)で、セッションの間に2回の休憩をはさむだけのおよそ5時間という研修会でした。山部先生は地元では全5日にわたる「摂食嚥下障害の指導者養成講座」を度々開かれており、今回の研修会はその一部に過ぎなかったようです。
今回の研修会の講師をお受けいただいた山部先生のご略歴を紹介しておきます。
山部一実先生は長崎県のご出身で、1977年に岩手医科大学歯学部卒業され、長崎大学医学部第二口腔外科に入局された後、1981年に山部歯科医院を開業されました。日々の診療の傍ら、在宅の摂食嚥下障害患者さんの往診治療に努められ、1995年には全国に先駆けて「摂食機能研究会」を地元で設立されております。1997年には「第2回 摂食・嚥下リハビリテーション学会」における技術セミナー講師をされるなど、研究会や学会などでご活躍され、全国的にも有名な先生です。また、2001年からはホームページ「嚥下障害支援サイト スワロー(http://www.swallow-web.com/)を開設され、全国の嚥下障害患者さんの相談に対して丁寧にお答えになられています。現在は長崎県を中心に摂食嚥下障害の指導者養成講座を精力的にされており、県外でのご講演は減らしておられたとのことですが、無理をお願いし、今回の研修会を実現することができました。
今回の研修会は、三つのセッションに分かれておりました。嚥下障害の評価についての基本的考え方から嚥下造影までの『 1. 嚥下障害の観察のポイント』に始まり、つづいて山部歯科医院のスタッフである岩井冨美子氏による『 2. 嚥下障害者への食事介助』、最後にお二人のそれぞれの立場からの嚥下障害患者さんへの実践的な関わり方として『 3. 口腔ケアと口腔リハ』という内容で解説いただきました。 以下に、その講演内容の概要を述べて行きたいと思います。

明石市医師会 理事 戸田和夫

1. 嚥下障害の観察のポイント

嚥下障害の評価については、1)病歴からの情報、2)臨床的観察からの情報(特に食事場面からの情報)、3)スクリーニング検査を行うことが基本的な考え方です。
1)病歴からの情報としては、特に脳血管障害の場合、病巣が大脳半球にあるのか脳幹部にあるのか、両側性か否か、単発性か多発性かを確認する必要があります。さらに現在脱水症状や低栄養状態にないかをチェックしなければなりません。また、肺炎の既往の有無は重要で、その原因は明らかにされていないか、また肺炎は反復していないかと言った詳細をも聴取する必要があります。そして、不顕性誤嚥の可能性を疑うことについては特に強調されていて、あるVF検査によると全誤嚥例の約1/3に認められたと報告されているそうです。
2)臨床的観察からの情報としては、「見て分かること」・「会話から分かること」・「動きから分かること」に分けて解説していただきました。特に鼻咽腔閉鎖不全については注意を要します。
3)スクリーニング検査については、反復唾液嚥下テスト(RSST)・改訂水飲みテスト・食物テスト・嚥下造影(VF)・構音器官の発話検査(ASMT)をそれぞれ説明いただきました。

2. 嚥下障害者への食事介助

このセッションでは、口腔から咽頭へ食塊を送り込むことへの障害を呈したケースのVFを供覧し、それぞれのケースへの食事介助について解説いただきました。そしてケースを通じて、細かな観察の眼を持ちながら、患者さんの変化を捉え、次にどうするべきかを考えることを強調されました。
また、嚥下障害患者さんに対する食形態を変える際の、岩井氏の経験や実践については非常に参考になりました。例えば、嚥下障害患者にとって「きざみ食」は咀嚼の手間が省ける食材ではないのです。つまり「きざみ食」でも食塊を形成するために咀嚼は必須であるものの、口腔内でむしろバラけてしまって食塊を形成しにくく、嚥下を阻害する要因となるからです。その他、同じ野菜の煮物をつくるとしても、材料を全て一緒にゆでて混ぜ合わせてしまうのではなく、少々手間でも別々にゆで、増粘剤などを用いてそれぞれを形づくるようにすれば、見栄えもよく、味わいも損ないにくい、といったこともお教えいただきました。

3. 口腔ケアと口腔リハ

最後のセッションでは、まず岩井氏が口腔ケアについて解説いただきました。特に舌苔があれば舌の運動障害が強く疑われことを強調され、十分な口腔ケアが必要であるとのことです。また、義歯の内面に食物残渣が付着する可能性が高いので、義歯は必ずはず して洗浄することも主張されました。そして、現在は口腔用ウェットティッシュやクルリーナブラシなど、口腔ケアにしっかりと簡便にできる商品が数多く販売されているため、それらの活用を勧められました。
続いて、山部先生による口腔リハの解説をいただきました。リハビリテーションを行う上では、家族に対する支援体制が最も重要であると述べられました。実践的な内容と しては、1)脱感作療法・2)呼吸訓練・3)構音器官の間接訓練・4)喉頭挙上のための訓練です。
まず、1)脱感作(減感作)とは、口腔粘膜の賦活化を目指す感覚機能のリハビリテーションであり、顔面や口腔内の過敏の出ているケースには最初に脱感作(減感作)から行うよう 強調されました。 
2)呼吸訓練は、喀痰の排出や鼻咽腔閉鎖不全の改善を目的としていて、嚥下パターン訓練・ブローイング訓練・プッシング訓練・腹式呼吸・ハッフィング・ファルセット訓練などがあり、これらについて解説がありました。
3)構音訓練は、口腔器官の円滑化を目的とした運動機能のリハビリテーションであり、最初に他動訓練を行い、続いて自動訓練を行ないます。
4)喉頭挙上のための訓練とは、食道入口部の開大を目指し、喉頭閉鎖機能の改善を目的とします。講演の中では、缶コーヒーのプルトップ(呼吸訓練のストロー吹きでのストロー固定用)やクリーニング店のハンガー(呼吸訓練のティッシュ吹きでのティッシュ固定)など、身の回りのものを上手く利用するなど、様々な工夫も紹介されていました。
また意外なところで、呼吸訓練に最適な日本スポーツ吹き矢協会が紹介され、注目されていました。
そして、最後に「嚥下障害患者の家族の会」を代表して、9年前に脳卒中で嚥下障害になられたご主人を6年間介護された、神戸市在住の永田氏の医療の重要性を訴える提言で締めくくられました。永田氏は、ご主人の嚥下障害について、数々の医療機関で改善の見込みがないことを説明されたが受け入れられず、知り合いを通じて山部先生のことを知り、先生に相談されたところ、生活上のアドバイスなどを受けられ、ある時は講演出張の際に立ち寄っていただいたことなどをお話しされました。嚥下が不可能と言われたご主人が、再発作で入院となるまで食事の経口摂取が可能となったそうです。
摂食嚥下障害に対するケアは、本年からの介護予防事業にも取り入れられているように、近年全国的に重要視されてきています。しかし、最後のあいさつで日下明石市医師会長が述べられたように、現状では多くの医療機関が嚥下障害に対して、よりケアの簡単なPEGに依存しているのではないでしょうか。もう少し「噛むこと」、「味わうこと」と言った人間らしさを確保する努力が必要ではないでしょうか?もちろん、治療を含めて嚥下障害に対する対策が十分なされていないため、止むを得ないのかもしれません。そんな中、今回、ご講演いただいた山部先生の取り組みは、我々医療関係者にとっては大きな目標であり、少なからず明日からでも取り入れることの可能な対策も含まれていて、山部先生には改めて有意義な研修会であったと感謝しております。